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2017年6月

2017/06/29

着々と社会復帰の準備・・・のはずが・・・

「元気になって家に戻ってきた」という報告メールを
何人かの友人たちに送った、という話は先日書いた。

ワタシのお友達は、み~んな優しいんで、
「おかえり歓迎メール」が次々に送られてきて、
と~ってもうれしかったわ。
持つべきものはやっぱり、お友達よねぇ。

そんな中で、日本人の友達の一人であるウメ子さん(仮名)が
お昼ごはんを持って来てくれる事になった。
ウメ子さん、そう、ずっ~と以前に、このブログに
何度か登場した、長年のお友達であります。
お友達、と言っていいのかは分からないが、
いずれにしても、何となくコンタクトが続いている。

以前にも書いたが、ウメ子さん、決して悪い人ではないし、
面倒見のいい気さくな人なのですね。
ただ、ワタシにとって問題なのは、非常によくしゃべる事。

よくしゃべる、なんて甘いもんじゃないな。
会うと、時間の許す限り、ひたすら、一人でしゃべり続ける。
さらに問題なのは、その話の内容が、自分の事ばっかで、
ワタシにはあんまり興味が無いっちゅうことなんだな。

なのになんで彼女とずっとお付き合いしてるかと言うと、
これはもう腐れ縁、としか言えませんわね。
ま、会うのは年に何度か、という適当な距離感を持ってるから
付き合っていられるってところか。

その日、ウメ子さんは、アジアショップで買ったお惣菜とか
おにぎりを持ってやって来た(ありがたい事っす)。
ウチに着いたのは、お昼の12時ごろ。

一緒にお昼ご飯を食べたのだが、いつものように
食事中も食後も彼女はひたすらしゃべり続けた。
ワタシは、適当に相槌を打ちながら聞いているだけ。
別に、何が何でもワタシの話を聞いて欲しいとは思わないが、
普通、数週間の療養生活から帰って来た人に会ったら、
もっとこちらの話をいろいろ尋ねてきません?

時々ワタシのほうから話を振ってみたが無駄だった。
例えば、

ワタシ「元気になったけど、まだ時々体調が悪くて」

ウメ 「そう、わたしもなのよ。この間、風邪を引いてね~(略)
   腰痛のほうは大分よくなってきたんだけど(略)・・・」

いつもの事ながら、何を話し始めても、話題を取り上げて、
すべて自分の話にしてしまう。
前にも書いたが、こう言う会話ってストレスになる。

さらに、その時はまだ、時々、めまいがする状態だったので、
ずっと座って人の話を聞いているのは、かなり辛い。

ワタシは、だんだん疲れてきた。
というより、かなり疲れてきた。
さらに、めまいがして椅子から落ちそうになった。

結局、本当に倒れそうになったワタシの
「ちょっと疲れたから横になっていい?」
と言う言葉でようやく彼女が腰を上げた時は、
もう夕方6時になっていたのだわ。

しゃべり続けて、延々6時間ですよ。
6時間というと、マラソンだって、サッカーの試合だって
もう終わってしまってるぞ。
オタマジャクシもカエルになってるかもしれんな。

もともとの予定では、その日の夕方は、買い物等の
用事を済ませる予定でありました。

まだ長期の外出が辛く、さらに重いものが持てなかったワタシは、
毎日、少しずつ用事を済ませる予定だったのよ。
それなのにその日は、彼女が帰った後、
ベットに倒れこんでそのまま寝てしまい、
さらに、次の日も、気分が悪くてずっと起きている事が出来ず、
結局、ほとんど一日中寝込んでしまった。

つまり、ウメ子さんの訪問によって、ワタシは
二日間を無駄に過ごしてしまったのだな。

こんなに疲れるとは思わなかった、というより、
この程度の負担で寝込んでしまうということは、
まだまだ本調子じゃ無かったのかもしれない。
そして、間近に迫っている会社への復帰に
暗雲が立ち込めてきたのであります。

続きは次回に。

0932

1年前のハイキング中の写真。
はやくまた、あちこちハイキングに行きたいもんです。

2017/06/25

帰宅

5週間余りの田舎療養生活がようやく終わり、
また都会の自宅に戻ってきたのが6月の始め。
田舎生活は、時間がゆっくりと過ぎて行く感覚だったが、
振り返ってみると、なんだかあっという間だったな。
荷造りを始めた時は、少し寂しかったわ。

一人での帰宅は、電車の乗り換えもあるし、
多少、不安ではあったが、平日の昼間は
電車もすいており、道中は全く問題なかった。
でも、電車が住んでいる街に近づくにつれて、
またもとの日常に戻る事への不安が大きくなったが。

思えば、5週間も家を空けたことなんてなかったんで、
留守中に家がどういう状態になっているかが
すごく心配だったわね。

しかし、家に着いてみると、当然のことながら、
5週間前に出かけた時と同じ状態でしたね。
入院する前に、ちゃんと掃除をしておいたものの、
それから6週間も過ぎているんで、家の中は、
埃っぽかったし、ずっと閉め切っていたから、
空気も淀んでいたが。

いずれにしても、空き巣などに入られなくてよかった~。
 
体調の回復を自覚していたとは言え、
この帰宅の旅はかなり身体に負担になったみたいで、
その日は疲れて、何もせずにそのまま寝てしまった。
ようやく「自分のベット」で眠れるというのが
妙にうれしかったのを覚えているわ。

次の日から、少しずつ掃除、洗濯等の家事を始めた。
健康になったはずだが、まだまだ疲れやすい。
何をするのも、途中で何度も休憩を入れねばならないのは
非常にもどかしいものだわね。

ただ、早く田舎生活に決別をつけるべく、
スーツケースだけはすぐに片付けた。
(ズボラなワタシは、いつも旅行の後のスーツケースを
片付けるのに何日もかかるのでありますよ)

仕事への復帰までは、あと4日間。
それまでには、絶対に完璧に元気になって、
華々しく社会復帰を果たしてやるわ。
と、ワタシは燃えた。

掃除も洗濯も、買い物も無事にクリア。
ついでに、ずっと溜めまくっていた書類整理まで
終わらせたのね。
何年もひたすら積み上げていた書類。
なんでもっと早く整理しなかったのかしらん。

ところで、入院中や療養生活中に友人・知人たちから
お見舞い等の連絡をもらったが、ごく一部の
仲がいい友達を除くと、返事を返していなかったわ。

回復した時に、「すっかり元気になりました」
という連絡をするつもりであったのが、
なかなかその日が来なかったのよ。
でも、今なら回復したという報告ができる、と思い、
いろんな人にメールやLINEを送っておいた。
そろそろ、外の世界とのコンタクトも始めないとね。

このように、ワタシの本格的社会復帰準備は
順調に始まりましたのです。
 

2017/06/21

田舎療養生活の終わり

こうして、田舎でののんびり生活も、
終わりに近づいてきたワケでして・・・。

もともと、体調が回復したと自分で自覚できたら
まず自宅に帰り、そこで数日間様子を見て、
職場復帰、と言う予定を立てていた。

最初は3週間くらいと考えていた田舎生活は、
体調の回復が思ったよりずっと遅く、
予定より2週間も延びてしまったのだったよ。

仕事もせず、ひたすらのんびりした田舎生活は、
とっても退屈ではありましたが、
1ヶ月が過ぎた頃には、ワタシはその生活に
すっかり慣れてしまったのであります。
人間、楽な環境には簡単に適応するものですな。

好きな時間にゆっくり散歩して、夕食の材料を
少しだけ買い物し、読書したり、テレビを見たり、
今思えば、ホント、天国でしたね。

それでも、ワタシはずっと都会に戻る日が待ち遠しかった。
病気とは言え、田舎での生活は仕事のストレスも無いし、
体調が良いときは、非常に楽しかったが、
やっぱり、日常生活が恋しくなるものですね。

仕事に関して言いますと、全く恋しくなかったな。
でも、休みが長期になるにつれ、もう自分が社会で
使い物にならなくなるんではないか、
と言う不安は常にあったわね。
社員なんて代わりはいくらでもいるわけだし。

仕事をしていない生活、とは言え、実際には、
スマホで会社のメールも読めてしまうし、
同僚から週に何度も電話がかかってきて、
長いときは1時間以上、電話でいろいろと説明したり、
持ってきていたノートブックを開いて作業をしたりもしたんで、
全く仕事から離れていたわけでは無いが
(体調の悪いときは、ちょっと辛かったなあ)。

今の時代、どこにいても仕事からは完璧に離れられない、
これって、良い事なのか、悪い事なのか・・・。

さて、前にも書いたとおり、田舎に来た時は寒かった。
こんなに長くここちらに留まると思っていなかったんで、
夏用の衣類など、あまり持って来ていなかったのよ。
そうしたら、5月の中頃から急に気温が上がり、
時には30度を越える日も出てきた。

夏服を買いに行こうにも、このド田舎では
歩いて行ける距離にある衣料品店がほとんど無い。
あるのは、某ディスカウント・チェーン店のみ。

ま、家で着ているTシャツくらいなら何でもいいや、と
そのお店に入ってみると、思ったよりもずっと
センスがいいではないですか。
ベーシックなデザインのものもあるし、何よりも
お手ごろなお値段、ちゅうか、かなり安い。
おサイフに優しいお店って、大好きですがな。

ワタシはすっかり気に入ってしまい、
とにかく、ヒマだったと言うのもあって、
散歩の途中などに足しげく通ってしまったわ。

Tシャツとか、結構買っちまったわね。
このチェーン店は、ワタシが住む町には無いので、
自宅に戻ってから着ていても、店バレする恐れもないし。

そういう事をしてたんで、当然、来た時よりもずっと
荷物が増えてたわね。
ま、療養生活の思い出、お土産、っちゅうことで。

6月に入ってようやく体調が安定してきたのを
自覚したワタシは、家に帰るために
荷造りを始めたのでありました。

2017/06/17

療養生活と季節の移り変わり 2

前回の記事に写真を載せたタンポポの花の野原は、
2-3週間後には、一斉に綿帽子の野原に変わり、
その後すぐに、キレイに刈り取られてしまいまして、
そう言う風景からも季節の変わり目を感じたんでござる。

時間が確実に流れている、と感じた出来事が
もう一つありましたですよ。

そう、田舎での療養生活中に、誕生日等を迎えまして、
つまり、一つ歳を取ったわけよ。
田舎に出発した時よりも戻ってきた時のほうが、
年を食ってるって、いやーね。

こう言う事情でございますんで、誕生日だからって
特に何かのイベントをやったわけじゃありませんが、
彼氏さんと前々から行ってみたかったレストランに
夕食に行きましたわ。

古い水車小屋を改装したレストランでして、
素朴なレイアウトながら、なかなか良い感じ。
食事も意外におしゃれ~で、美味しかったですよ。


S08


昼間はカフェになっているらしいです。
近くにハイキングコースもあるんで、元気になったら
ハイキングの帰りに寄ってお茶したいもんです。

誕生日の頃、体調があんまり思わしくなかったもんで、
早く、ハイキングができるくらい元気になりたい、
とその時、切に願ったんですな。

さて、前回、ガチョウの親子の写真を載せましたが、
そのお池には魚がたくさん泳いでいまして、
さらに、オタマジャクシが大発生しておりました。


S10

池のいたるところが、小さいオタマちゃんたちで、真っ黒。
この子たちが将来、全部カエルになったら、
池の中はカエルだらけになってしまうぞ、と恐れていましたら、
数日後には、数は激減。
ガチョウの親子に食われたかどうかは知らんが、
自然は厳しいのであります。

このあたりに生息しているカエルはそんなに大きくなくて、
日本の殿さまカエルよりも小さいくらい。
色は殿さまのように鮮やかでは無く、土色で、
全然、キレイじゃないな。

ある夕暮れ、彼氏さんと散歩から戻って来た時、
その、全然キレイじゃないカエルのヤツが、家の前に
座っておった。

座っておるだけならまだしも、カエルっていきなり
はねるじゃないですか。

薄暗い中を、怪しい茶色の塊が前触れも無くはねる、
これって恐怖以外の何ものでもありません。
ワタシは「きゃあぁぁぁ~」と叫んでしまっただよ。
彼氏さんには「タダのカエルだろ」とバカにされた。

この土色のカエルさんって、全然かわいくない、
どころか、カエルさんには悪いが、かなり気持ち悪い。
昔、昔のその昔、こんなヤツにキスをしたお姫様、
あんたはエライ!

ワタシ、例え、コヤツが美しい王子様になると
最初から分かっていたとしても、キスはしたくないな。
王子様とケッコンできなくてもいいです。
話はそれたが、療養生活でワタシは自然を満喫した、
と言う事が言いたかったんですよ。

おまけ:
野原でくつろいでいる鹿の群れ。彼らは野生ではなくて、
柵の中で飼われております。
タンポポの花を美味しそうに食べてたわ。
S07
 

2017/06/15

療養生活と季節の移り変わり

こうして、5週間余りをド田舎で過ごしたわけですが、
当然のことながら、田舎でな~んにもせずに暮らしていると、
自然や季節を実に身近に感じられるものですな。

退院後に、田舎に移動したのが5月始め。

今年の春は異常に寒かった。
さらに、田舎は山の中というせいもあり、
ワタシの住む都会より気温が常に5度くらいは低い。
田舎に着いた時にはまだ暖房を入れていた。
幸い、天気は良かったので、体調の良い日は、
一日に2回ずつ、ゆっくりと散歩に出かけた。

5月に入って、少しずつ気温が上がり始めると、
田舎には一斉に、遅い春がやってきた。
都会ではとっくに散ってしまったチューリップや
マロニエの花が満開でありました。

さらに、あぜ道を散歩していると、いたるところにタンポポの花。
こう言う野原には、牛や羊、ヤギが放牧されております。
写真を撮ったときは、動物さんたちはお留守でありましたが。
 
S05
 
一面のタンポポのお花。
S03
 
タンポポがこんなに綺麗だとは、知らなかったわね。
今まで、雑草だと思っていたが。
S04

小高い丘から見下ろした風景。
こうしてみると、田舎とはいえ、結構家があるのだが、
少し離れると、もう畑と野原と山しかない。
 
S09
 
調子が良ければ、仕事から戻ってきた彼氏さんと
夕方、といっても、今は日が長いのでもう夜の9時ごろだが、
いっしょに、夕暮れの山道をお散歩しましたです。

真ん中に見える小さい白い建物は、古いチャペル。
夜になるとライトアップされているらしい。
S14
 
たそがれ時、っちゅうんですか。夕暮れの中を散歩していると、
森の中から野生の鹿が姿を現しまして、じ~っと
こちらを見ているんですな。
恐らく、イノシシとかキツネさんも暗くなると、
森の中から出てくるのかも。
いずれはお会いしたいものです。
 
さて、毎日のように散歩した近くの公園には
池があるのですが、そこにガチョウの親子がおりまして、
子供たちも生まれてまだ数日くらい。

ひよひよと、お母さんの後をついて泳いでおりました。
身体が軽くて、泳ぐというより、水面に浮かんでいる感じ。
風が吹くと吹き飛ばされそう。
S01_2
 
こちらは、パパとママ。
何日か過ぎると、ヒナたちも少し親鳥から離れて、
好き勝手に行動を始めているわね。
でも、まだ頭が黄色くてかわゆい。
S02
 
一ヶ月が過ぎた頃には、雛たちもすっかり大きくなり、
形がガチョウみたいになってきました。
黄色い色も消えて、でも、まだ親鳥のような羽も生えてなくて、
この段階って、あんまりかわゆくないな。

田舎で過ごしていると、時間が止まっているような感覚だったが、
この子たちの成長で、時間が流れているのを感じたな。
S13

きっと今頃は、もっと大きくなっていることでありましょう。
次に会うときには、親鳥と区別がつかないくらいに
なっているかもしれんな。
それとも、もう独立して、どっかに飛んでいっているかも。
 
自然を身近に感じるって、すごく心地が良くて、
この田舎に移住したいと思ったな。
もっとも、仕事があればだが・・・。
結局、ネックになるのはカネなのだな。

2017/06/12

田舎療養生活

当初、療養生活は、彼氏さんの住むド田舎で2週間くらい、
その後、自宅で2週間くらいを考えていた。
つまり、合計で4週間くらい安静にしたあとは、すぐに
仕事に復帰する予定でありました。

しかし、身体の回復が思ったよりもずっと遅く、
結局は、田舎で5週間余り、合計6週間もの時間を
要してしまったのでありました。

退院時は、元気とまでは行かなくても、
想像していたよりもずっと調子が良かったもんで、
その後の回復にこれだけ時間がかかると言うのは、
全く予想していなかったわね。

何よりも悩まされたのが、体調の不安定さ。
調子が良い時はすこぶる元気で、もうすっかり
本調子、と思ったら、次の瞬間には
気分が悪くなったり、眩暈で立っていられなくなって
ベットに倒れこむ、の繰り返しでしたわ。
明日の体調が全く予測できないのね。

それでも、できるだけ普通の生活をしろ、という
医者の言葉通り、調子の良い時は頑張って
近くの公園や野原あたりまで散歩に出かけた。
また、小さいリュックサックを背負って、
近くのスーパーマーケットに出かけ、
ちょっとした買い物をしてみたり。

時間だけはやたらあって、それがすごく
心地いい反面、やはり退屈でありました。
仕事のストレスも無く、ある意味天国なのだが、
体調が今ひとつだと、遊び回る事もできず。
家でゆっくりと本や新聞を読んだり、テレビを見たり、
料理をしたり・・・。

ところで、料理と言うのは、非常に疲れる作業なのですね。
ずっと立って切ったり炒めたり、ひっくり返したりという、
普通ならどうって事の無い動作が、大変だったわ。
最初の頃は、10分くらい作業したら休憩。
しかも、フライパンもナベもやたら重い。

オペの後4週間は、重いものを持ち上げてはいけない、
と言われていたので、パスタをゆでるなんて作業、
一人ではとても無理だったな。
そう、日頃は普通にやっている作業が、病気の時は出来ない。
特に、掃除はまだしてはいけない、と言われていたので、
ホコリが溜まってきても、掃除機がかけられない。

自宅にいると、ホコリが溜まっててもあまり気にならないが、
彼氏さん宅では、人のアラは見えるものと言いますが、
その通りで、やたら汚れが気になったものです。
気になっても自分で掃除できないもどかしさ、
こういう感覚も、今回始めて経験しましたわ。

こう言うのんびりした時間を過ごしたわけですが、
何にもしなくても、時間って過ぎていくのですね。
その時は、退屈で早く社会復帰したいと思っていたが、
この生活が終わった今、振り返ってみると、
あっという間の6週間でありました。

何にもしなくても時間が過ぎていく、
これ、当たり前のことですが、かなりいろいろと
考えさせられてしまったな。
だらけていても、時間は過ぎるものなんだ~と。
時間をどう過ごすかって、本当に大切だわさ。

油断すると、ボーっとしているだけで一日過ぎてしまうのよ。
ワタシの周りの年金生活者の人たちは、
いつも時間が無いって言っているが、
何となく、それが分かるような気もしてきた。
今は仕事をしているが、将来、仕事を辞めた時、
毎日、何をして過ごすんだろうなあ。

いきなりですが、老後の過ごし方を考える、って
ワタシの今後の究極のテーマになりそうだ。

おまけ:

調子が良かった日のお散歩コース。
S17

S15

お散歩中に出会った田舎の黒猫さん
S06

2017/06/08

退院後

退院時は、彼氏さんが病院に迎えに来てくれて、
二日ほどは自宅で過ごし、その後、彼氏さんの住む
ド田舎へ車で移動。
これは、日常から離れて、空気の良い静かなところで過ごした方が、
回復が早いだろうと言う彼氏さんの提案と、
手術の直後に、一人で過ごすのが不安だという理由であります。
 
余談ではありますが、
オペだの、入院だのは、決して喜ばしい事ではありません。
でも、その中で、一つだけうれしい事があったのよ。

退院後に体重を計ると、入院前よりも2.5キロも
減っていたのだわ。

オペで摘出したものの重さもあるが、
オペの前後は、計36時間、何も食べられなかった。
さらに、病院のお食事というのは、決して美味しくなくて・・・。
それ以前に、入院中は、おなかが痛かったりで、
全然食欲もなかった。

そういうわけで、体重は減ったが、これは決して
痩せたわけでは無い。
でも、ワタシは決心したわ。
せっかく減った体重、静養中はこれを維持すべく
頑張ろうと。おー!

そして、その目標は見事に達成したのであります。
快挙、快挙!
これが唯一、一連の入院騒ぎの中で
ポジティブな出来事でありましたよ。

それはともかく、ワタシのド田舎静養生活が
始まったワケですが、手術後の回復というのを
ワタシはかなり甘く見ておりました。
退院時にお医者さんには、最低4週間の安静を言い渡され、
同じオペの経験者からも、完全に回復するまでに、
4-5週間かかったという話を聞いていた。
病院で同室だったおばさんは、5年前に同じオペを受けたが、
「仕事に復帰するのに6週間かかった」と。

でも、ワタシは、回復力は個人差、自分はそんなに
かかるはずは無いと思っていた。
どんなにかかっても、3週間で社会復帰できると
タカをくくっていたのであります。

今まで幸運にも大きな病気をした事が無く、
日頃から割と健康で、寝込むなどという事も無かったので、
ワタシは自分の体力をかなり過信していたわ。

身体がなかなか思うように回復しない、なんだか
様子が違うぞ、これは時間がかかりそうな予感がする、
と思い始めたのは、2週間後くらい、
このブログを再開したころだったかな。

そして、結果はその予感通り、
ワタシは、5週間もの間、ド田舎で静養生活を
することになったのであります。

2017/06/05

入院と退院

いろいろハプニングはあったものの、後になれば話のタネ、
今は笑って思い出せますな。

無事に一夜が開け、オペを執刀したセンセイの回診。
すべて問題なく順調に済んだが、筋腫の状態からも、
今、オペを決心したのは正解だったと言われた。

今日からは、できるだけ起き上がって、廊下等を歩き回るように、
というセンセイの言葉通り、ワタシは頑張って歩き回ったわ。
動くとお腹が痛いし、ちょっと歩くとめまいがするし、
トイレに行くのもやっとであったが・・・。
何よりも、咳やくしゃみをすると痛くて痛くて・・・。

その日は、新たに入院患者さんが3人来て、
病室はずいぶんにぎやかになった。
例のB子オバちゃんもまた再入院したようだが、
今回は他の部屋。
同室になってしまった不幸な方には申し訳ないが、
ワタシはほっと胸をなでおろしたわ。

そして、ワタシは木曜日にはもう退院できる、といわれた。
オペを受けたのが月曜日なので、ずいぶん早いと思ったが、
最近は、保険会社からのコスト削減の圧力等もあり、
早く退院させる方針らしい。
(医療費はほとんど公的保険でカバーされる)。

今回入院して思ったが、病院というのは、
ゆっくりとは休めない場所なのですね。

病室には看護師さんや医者、お掃除の人、さらには
患者さんのお見舞い客など、常に誰かが出入りする。

とてもひたすら寝ているなんて出来ないし、
夜も、当直の看護師さんが2時間ごとに様子を見に来るので
そのたびに目を覚ましてしまう。

こう言う状態なので、術後の経過がよければ、
さっさと病院を追い出してもらって、家で療養するのが正解かも。

入院前、何人かの知人・友人たちがお見舞いに行く、
と言ってくれたが、とりあえずそのオファーは
ペンディングにしてもらっていた。
お見舞いに来てもらうのが嬉しいものなのか、
それとも迷惑なのかが、その時には分からなかったから。

オペの直後に思ったのが、今はお見舞いには来て欲しくない、
というのが率直な感想だった。
オペが順調に済んだとはいえ、オペ直後は、身体がすごく辛くて、
とにかく休みたかった。

仲がいい友達でも、来てくれるとやはり起き上がって
笑顔を見せなければならない、と思うと、ちょっとしんどい。
今は静かに過ごしたい。

結局、友達にはメールやラインで連絡し、入院期間が短い
というのを理由にお見舞いは断った。

今まで私自身、友達等が入院したときは、お花を持って
お見舞いに行くのが礼儀で、喜ばれると信じていた。
しかし、今回自分が入院して、必ずしもそうでは無い事がわかり、
今後は、そういうことも配慮せねばと思った次第。
経験しないと分からないことって、いろいろあるのね。

そうしてワタシは予定通り、木曜日に無事に
退院できたのであります。

2017/06/03

そして当日 2

オペについては、ワタシは麻酔で眠ってたので、
当然、な~んにも覚えてません。

看護師のお姉さんにベットごと部屋から運ばれるとき、
これでやっとすべてが終わるのね~、と
かなりほっとした気持ちになったわ。
ホント、長い長い2ヵ月だったよ。

エレベーターの中で、看護師のお姉さんが
気分を和らげようと、いろいろ話しかけてくれた。
去年、日本に旅行して、すごく楽しかったのよ~、とか。
そして、ベットの高さを調節しようとしたとき、
「あら、このベット、壊れてるわ~。ベットを変えなきゃ」

オペ前にベットが故障なんて、縁起が悪いぜよ。
と思ったが、病室に戻って隣のベットに乗り換え、
改めてオペルームに出発。

オペルームでその看護師のお姉さんが、
ガッツポーズとともに、「頑張って!」と
日本語で励ましてくれた。
ありがとう。でも、すでにまな板の鯉状態のワタシ、
何を頑張ればいいのか・・。
お医者さんに頑張ってもらうしかないな。

ワタシの記憶は、麻酔ルームで注射を打たれたところまで。
なんだか、深いところに落ちていくような心地いい感覚。
これでやっと眠れるのねえ~。

麻酔がかかっている間の記憶ってあるのだろうか、
とか、その間って夢を見るのだろうか、とか
いろんな事がずっと疑問だった。

結果は、記憶はな~んにも無し。
そして、気がついたらもう「お目覚めルーム」にいて、
そこの看護師さんの「オペは終わりましたよ」と言う声。
でも、ワタシは何かの夢を見たことは覚えている。
恐らく、目覚める直前だったんだろうが、
内容は、全く覚えていない。

正面の壁に時計は、13時をさしていた。
約3時間、麻酔でどっか他の世界に行っていたらしい。

病室に戻ったら、B子オバちゃんが、ご機嫌で
昼食を取っていたわ。
あら、この人、まだいたのね。
なんだか、今朝の事がすごい昔の事のよう。

「まあ、終わったの?ずいぶん長くかかったのねえ」
と、またオバちゃんの弾丸トークが始まったが、
ワタシ、頭が朦朧としてとてもお相手をする元気も無く、
ひたすら「寝たふり」をした。
実際は、うるさくて寝られなかったのだが。
その後、オバちゃんは携帯電話で話し始めた。
オバちゃん、やたら声がでかくて・・・。

看護師さんがそっと
「彼女はもうすぐ帰るから大丈夫よ」と言ってくれたように、
オバちゃんはやがて、ショッピングカーを引っ張って
帰っていった。

術後は全く動けないし、痛みであまり眠れず辛かったが、
幸い、病室には他の患者さんがいなかったので、
夜はそれなりに休めたと思う。
あのオバちゃんと一緒の部屋なら、術後の経過が
ものすごく悪かったと思われるな。

ま、オバちゃん、悪い人ではないのだろうが、
とにかく変わってるというか、空気が読めない人だったわ。

こうして、2ヶ月の間、ワタシを苦しめたオペも
無事に終わったのでありました。

2017/06/01

そして当日

その朝、5時前にはもう目が覚めてしまった。

病院に7時に着くためには6時半に家を出ればいいのだが、
荷造りは夕べのうちに済んでるし、
前日の夜以降は何も食べてはいけないので、
朝食も取れないし、シャワーを浴びた後は、
なーんにもする事が無い。
落ち着かない気分で、ひたすら家の中をうろうろ。

病院に着いたらすぐに病室に案内された。
看護師のお姉さん曰く、
「あなたのオペは10時からだから、それまでゆっくりしてて」

え~、今から10時まで時間があるの~?
ワタシは、7時に着くなりオペだと思ってたんで、
ちょっと拍子抜けしたわね。

それに、ワタシ、手術を受けるときって、
担当の執刀医がベットまで来て、ワタシの手を握って
「ワタシ、失敗しないから」とかなんとか言って
安心させてくれるシーンを想像してたわ。
しかし、そんな気配は全く無く、部屋にはひとりぼっち。
またまたなーんにもする事が無いんで、病室の中をうろうろ。

病室は、明るくて窓から緑が見える。
4人部屋のようだが、他の人は誰もいなくて、
しーんとした広い部屋に、一人ぼっちでありました。
こう言う時間って、すごく辛いものです。

あと2時間以上、何をして過ごせばいいの~?
と、思っていたら、突然、ものすごい足音と共に、
一人のオバちゃんが部屋に駆け込んできた。

年齢は60代半ばくらい。
ぼっさぼさの髪に普段着に、ド派手なハイソックス。
さらに、オバちゃんが持って来たのは、
スーツケースでもボストンバックでもなく、
ショッピングカー。
スーパーマーケットとかに買い物に引っ張っていく、
車輪がついたショッピングバックであります。
それもかなり使い古して年季が入っている。

「あら、あなたも今日、オペなの?私もよ~。
ちょっと遅くなっちゃったわ~。私、時間通りに
行動するのが苦手でねえ。
私、B子というの。あなたは?あ、日本人なの?
お知り合いになれてうれしいわ~」
と、まくし立てながら、持ってきた荷物をあけて
中のものを出し始めた。

「時間が無くて、あわててそこらじゅうのものを詰めてきたの。」
確かに、ついさっきまで着てたものを放り込んだ、と言う感じだな。

ひたすらしゃべりながら、最後にぬいぐるみをベットに置いた。
「これ、知ってる?ナマケモノよ。かわいいでしょ。
ナマケモノって、本当は怠け者じゃないのよ」

はっきり言って、ものすごくナーバスな状態のワタシには、
今は、ナマケモノの生態など、どーでもよかった。
ワタシはついさっきまでの静寂が懐かしくなった。

ワタシは、オバちゃんの話をちゃんと聞いてはなかったが、
膀胱に簡単な処置をするだけなので、時間も20分くらい、
オペというほどではないのだとか。

「あら、あなた、すごくナーバスな顔してるわね。
そんなに心配することは無いわよ。オペなんて
眠ってる間にすぐに済むから」

そんなの、分かってるんだが、それでもやっぱり怖いわよ。

「わかるわあ。ワタシもね、やっぱり麻酔は怖いのよ。
ワタシの母はねえ、手術を受けて麻酔から覚めずに
亡くなったのよ」

オバちゃん、そんな話、今するなって。

その後も、オバちゃんはひたすらしゃべり続け、
ショッピングカーの中からお菓子を出して、
「これ、オペの後で一緒に食べましょうね~」
オバちゃん、お気持ちはとっても嬉しいですが、
ワタシ、今は、とてもオペの後のことなんて考えられんですよ。

その他、ペットの話とかもしていたような気がするが、
ワタシはほとんど聞いていなかった。
お願いだから、少し静かにしててくれ~。

・・・と、叫びそうになった時、看護師さんがやってきて
「まあ、○○さん、まだ準備してないの?急がないと」
と、オバちゃんを強引に着替えさせて、ベットに寝かしつけ、
ベットごとオバちゃんを部屋から運び出してくれた。

はあ、これでやっと静かに過ごせる。
と、思ったのも束の間。
オバちゃんは、30分も立たないうちにまた
ベットごと部屋に戻ってきたのであった。
事情は知らないが、何らかの不都合があって、
オペは二日後に延期になったとか。

「だから、今日は少し休んで午後に家に帰るの。」

その後もオバちゃんの爆弾トークは続いたが、
処方された薬のせいか、間もなくオバちゃんは
眠ってくれた。

そうこうしているうちに、ワタシもオペ準備の時間になった。
オバちゃんのおかげで、時間つぶしと気晴らしにはなったが、
ワタシはオペ前にすでに、かなり疲労していたのである。




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